2014年03月17日

プッチンプリンをプッチンして食べた記憶がほとんどありません

多数決の原則によるとされる民主主義ですが、同時に少数意見の尊重も欠かせないゆえに、冗長かつ非効率なものにならざるを得ません。多数意見に従っての決定を少数意見を無視して迅速に実行に移すマキャベリズムは、それに比べ非常に合理的なシステムに見えることもあり、そして実際に独裁者が有能な場合は民主制よりも目的を達成する効率が良かったりします。

しかし問題としては、少数意見の無視が少数意見を持つものへの人権侵害に繋がらないかという事と、独裁者自身が次第に多数意見と乖離していく事の危険性。この両者を排除できれば独裁政治は善政です。ただしあくまでそれは独裁者個人の資質という、非常に曖昧なものに頼ることになります。システムとしての独裁制には、独裁者の暴走へのチェック機能が存在しないことが問題点となり、常に暴政に変貌する危険を秘めています。

ヒトラーは悪名ばかり残っていますが、実は政治能力は歴史上ずば抜けて優秀だったと聞いたことあるような気がします。

ローマ帝国皇帝ネロは、666の数字の示す暴君として有名です。

――――――

『ここに知恵がある。思慮深いものは獣の数字を解くがいい。その数字は人間を指している。その数字は666である。』

ヨハネ黙示録
――――――


古い映画に「オーメン」というのがありました。悪魔の子ダミアンのもたらす災厄。最終的にアメリカ大統領まで登りつめていくだとかなんとかっていうホラー。

この666という数字がなんで獣の数字になるのか?というのは、知ってる人は知ってることだと思います。ユダヤ人の哲学思想の根源に「カバラ」があり、その中に「ゲマトリア」と言われる数秘術があります。文字を分解し数価変換して足したり引いたりするもの。先の皇帝ネロの名前のギリシャ語表記をヘブライ文字に置き換え、数価変換すれば666になり、彼こそが聖書における獣=悪魔なのだと言われているそうですね。具体的なやり方は知りません。ググったら出てくるんでしょうかね。

ラッキーセブンとかよく言いますが、キリスト教で7は神聖な整数であり、今日でもわりと浸透しています。それに満たない6という数字は不完全であり、それが三つ並んだ666はキリスト教に背く悪魔だっていう解釈。ちなみに777は十字架、888はイエス、999は神を表すそうです。






「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。
 なぜならば、
 つねに悪人は絶えないから正義なき力は弾劾される。
 それゆえ正義と力を結合せねばならない。」

―――――パスカル



「己」を貫き通す。それは今の日本人には欠けているものかもしれません。

その昔、侍の時代に想いを馳せる。武士道とは、死ぬことと見つけたり。己の道を突き進む、ロマンのようなものを感じます。強靭にして孤高の精神。憧れは尽きません。何かしらのことに於いてずば抜けたトップクラスの技能や地位がない人間では、自分の道をただ進んでいては単なる我侭な人間に過ぎず、上に立つ人間であっても、それでは下の人間も付いて来ません。そして周囲に誰もいなくなります。孤高ではなく、孤立。

だからこそ、何気ない他人の意見であっても受け止めざるを得ません。それに時には感謝し、時には驚愕し、時には落胆する。極めて現代的なことです。








「プリンに醤油をかけると、ウニの味がするよねぇ」



子供の頃、幾度となく聞いた、この言葉。
20年近くの時を超え、再び脳裏に甦る囁き。
この誘惑に抗う術を、僕は知らない。



滅多に買わないプリンなんぞを買ってきて、シャワー上がりに食べようとしたところで悪魔の囁きですよ。

試してみた。




グヴォア・・・ッ!!!


なんだこのヌプュッとしててツェペッとしててそれでいてテュルンとした感じは。醤油の匂いと、プリンのかほりの程よいミスマッチ。ぶっちゃけ不味い。これを始めに考えた奴、そして世に広めた奴、ツラ貸せ。



人の言うことは聞いておくのもいいですが、いらないことに耳を貸さないことも重要です。


【3/25追記】
確か15年くらい前の神月社さんの日記を最近になってふと思い出したのが悪魔の囁きの原因であり、文章も記憶頼りにちょっとパクってますので念の為
posted by 夜勤 at 01:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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